異質と同質

近頃じゃ、自分とは違う環境にいる人との交流に努めようとしている。いや、努めている。
言葉で言うと、「異質」な人たちと触れ合っていきたい、ということなのだが、自分にとって異質なものとは、一体何だろうか?

年代?世代?大学?性別?仕事?業界?哲学?専攻?趣味?体格?意志?学識?強さ?権力?積極?少数派?動機?外見?美?経験?経歴?環境?国籍?人格?品格?社会階級?貧困?性的嗜好?地域?信条?

一部だけど、そのようなものを通して、人が放つ魅力とか、どのようにして人は価値観を形成するのかとか、を考えられる場面に身を置くのが最近のマイブームなのでござる。

いわゆる強い絆「strong ties」も良いけれども、カテゴリ的に幅広い「weak ties」を形成することも、忘れてはなるまい。
本当は、自分と「同質」なものとの交信は気楽なはずなんやけど。俺の場合は、別段そんなことはない。意識の上だけでも、それだけにとどまらない気概・勇気を持たねばならん。持ち続けなければならん。(いや、それは本当に同質か?と言われると、自分の外にあるものは全部異質かもしれない。同質に近いもの、ということで済ませる)
異質を知って初めて同質が見えてくる、ってもんで。そこから自分の設計図ないしは成長戦略etc.を描けきれたら御の字ってことにする。
ただ、心の真底は、ウェットな関係をいつまでも求め続けているのが近頃の印象。

自分が注力することを固く決めても、文字通り「一心不乱」になることは問屋がおろさないようで。大学生だもんな。色んな誘惑っつーか心惑わされること・心惹かれること・心弾むこと・心騒ぐことは多いです笑

集中力は3時間くらいなら持つけど、3日と持たないし。’’不惑’’とか’’鉄の意志’’なんていつになったら手に入るのかしらん。

本日のぼやき:「数字に強い人間になりたーい」